70のトラックバックを読むだけの、めったにないお仕事です。

もしかしたら、自分はこういうことを言ってはいけないポジションなのかもしれないけど、
どうしても書きたくなっちゃったので、あえて空気読まずに勢いで書いちゃうことにした! 春だし!


要は、勇気がないんでしょ?」にたくさんの意見をもらいました。
この記事に限らず、自分は自分の書いたエントリーでもらったコメント、ブコメトラックバック
果てはトラックバックしてない記事まで、見つけられる限り全部読むようにしてます。テクノラティ超便利。
なので、「要は…」の記事についても同じように全部読もうと思ってます。
特にトラバは、相手もちゃんとしたエントリーなので気合い入れて読むことになります。


今回の内容は、賛否両論(と言っていいかわからないけど)を呼んでしまった内容なので、褒めてもらえることの一方で、
叩かれ方も結構なもんでした。
そりゃ、「こいつは死んで欲しい」とか「殺したい」とか書いてあれば、やっぱりへこみます。グッサリきます。キツイです。
なぜここまで言われなければならないんだ、って思ったりもします。
でも「あまり気を落とさないでくださいね」みたいな気遣いをしてくれる方もいて、
それはとってもとっても嬉しかったし、「世の中にはいい人がいるんだなー」とつくづく思わされたりもしてます。

言及してもらえるのは、願ってもないチャンス

わざわざへこむくらいならトラックバック先を見に行かない、という選択肢もあると思います。
事実、トラバ先とかブコメ一覧を開く瞬間はすごくどきどきします。叩かれてたらやだなぁって身構えたりします。


だというのに、なぜトラバやコメントを読むようにしているかというと、
なんつーかもう性格なんですが、個人的に「常に変わり続ける覚悟で生きてたい」みたいな思いがあって。
自分の中で考えをまとめて「これが答えだと思うよ!」と言おうとする一方、
「それがベストか?」と疑い続けるクセというか、否定しようとするスクラップ&ビルドな気質があるんです。


でも自分の中で丁寧に積み重ねてきた「常識」みたいなやつを自分の手で覆すのは難しいです。
だから、トラバやコメントをもらえて、自分にはなかったような価値観の話を読めるというのは、
正直な話、ものすごいわくわくする出来事なんです。


いや、繰り返すけど否定されればへこみますよ。やっぱり今の自分や考えを否定されるのは辛い。「ムキー!」って思う。
しかも練りに練って書いたエントリーならまだしも、
「そういや昔こんなことがあって、あんときはへこんだなぁ」っていう思い出話(のつもりだった)で書いたことを言及されれば、
「いや、そうじゃなくて、なんつーか、あれは『論じてる』なんて代物じゃ全然なくて、」って言い訳したくもなる。
でもま、まな板に上がっちゃったものはしょうがないし、
それに、幸か不幸か70ものトラックバックをもらえたんだから、この機会は大事にしたいなって思うじゃないですか。


つーか、なかなかないと思うんです。トラバを70もらうなんて。70っすよ? 70(笑)
で、それを全部じっくり読む人って、たぶん当事者だけだと思うんです。
だから、自分の考え方と向きあわせられながら、超真剣に読んで考えて消化させてもらってます。
とっても辛い作業だし、とっても楽しい作業なんですよ。これは。

褒め殺しでも、なれ合いでも、妙な下心もないけど、いいものはいいって思う。

ま、で、叩かれると辛いって書きましたが、500ブクマ超えたぐらいから意外と慣れるんです。
慣れるっていうか他人事みたくなる。感覚が麻痺するんだろうけど、罵倒コメントが挨拶文のように思えてくる。
で、いろんな人の文章を自分の感情に振り回されず、客観的に読めるようになるんです。


人の書いた文章を読んで「ああ、自分が言いたかったのはこれだなぁ」とか、
「そうか、こういう発展した考え方もあるのか」とか、
「いやー、そこまでは正直思ってないっすよw」とか、
「この人文章うまいなぁ」とか、
「あ、こっちの発想の方が、気楽に生きられるな」とか、
「なるほどな、ああやって書くと、こういうふうに受け取られるのか」とか。


で、なかには、これはすげぇなぁってエントリーがあったりするんですよ。
id:y_arimエントリーは、いっつも物事の核心や問題点を鋭く切り抜くなーって思います。この人のその過不足なくえぐり出す能力というか嗅覚は完全に自分より数段上で、まるでクッキーの生地から型抜きできれいな星形を抜きとるのを見ているような感じ。鮮やかだわーって思う。
id:Vr6ubqgエントリーは「これってこういうことじゃないかなぁ」と、オレがうんうん唸っても見つけられなかった言い回しを、これまたさらっと出してくる。この人のニュアンスをかぎ取る力というか、背景や意図を読み取って察する力はハンパねぇとずっと前から思ってる。
id:Rir61本目読んだときは「この無気力な時代に、なんというパワフル!」って思ったけど、2本目がとても良かった。この勢いが小気味いい。しかも絶対手間かかってるぞ、このエントリーw。つーか、どう考えてもこの人マッチョ側だろwwwwww


もうね、いろんな意見が読めて、楽しくてしかたない。
そして、両者の意見が出揃ったあたりから、お互いを俯瞰した内容が出てくるのが面白い。
増田さんはすごく柔らかい語り口で、両者を踏まえたうえでの「取捨選択」という見方を提示してくれたり、id:Southendエントリーは、要はバランスでどっちも大事なんじゃね?ってことで簡潔にまとめてあって、個人的にすごく納得した。
とか思ってたら、dankogaiいいエントリー上げてきてるーw うおー、めっちゃ推敲されてる! dankogaiの中でも焦点がはっきりしてきて1つの「形」に押し上げてきた感じがする。これさ、このエントリーさ、ここまで流れが続いて、いろんな意見が出てこなかったら出現しなかったべ。ぜってー。


他にもいろんな意見や考え方があって、中には「勇気」って単語にとらわれて違う論点になっているものもあったけど、
それはそれで自分の記事を一度忘れ、その人の前提条件をちゃんと踏まえて読めば「なるほどな」って内容だったりする。
あと、「自分もこういうことあったなー」って話しているものもあったけど、それはそれで面白く読めた。自分だったらどうするかなって考えてた。
それと「ナンパ是が非か論」にいかなくてよかったな、とも思ってた。

勇気と知恵はセットだと思う。

で、自分の書いた勇気の話については、もう多くの人が言われている通り、「それも必要だし、それだけでもダメだし」ってもんだと思ってます。
やみくもに突撃しても効果はないし、いったん諦めるのが正解なときもある。でも、逆に考えすぎててチャンスを逃してしまうときもある。
やっぱりバランスが大事で。


あとはタイミングだよなーと。
自分はバイオリズムというか「調子の波」みたいのを意識するタイプなんですが、
「要は…」のエントリーを読んで効果があるのって、底から上りかけた人だと思うんです。下の図で言うとAの人。
いろいろ考えて、考え抜いて、もうあとは動くしかないんじゃね? ってときの一押しにこそ効果がある話じゃないかと。



でもBの人にしてみれば「うるせえ」ってなると思う。「こっちだってがんばってんだ」って言われるはず。
Cの人にしてみれば傷口に塩を塗るようなもので、逆効果もいいところ。
だから、そういう人には何も言わずに黙って話を聞くとか、少しそっとしておくとか、
「いやー、できないもんは、できないだろ」、「やりたくないなって思うならやらないでいいんじゃん? 今やっても、きっと成果でないよ」
って、励ました方がよくないか?って話になると思う。前もちょっと書いたけど、状況によってアプローチは変えていく必要があるはずだからです。


と、自分自身でフォローしたかったこういうところまでもが、いろんな人が補足した言及をしてくれるので、
やっぱり不完全なままエントリーあげちゃっていいんだろなーって思ってしまう。自分のところで完結させる必要はないんだって。
手、抜きすぎでしょうか(笑)

いろんな読み手の「変化」を想像する

ちょっと話ずれますが、こういうことがあると、自分はこの一連の流れを追っかけてた人のことを想像します。
きっとみんな、いろんな人のエントリーを読みながら、自分なりの答えを出していっているんだろうなと。


「やっぱり、今の自分に必要なのは勇気だな」と思う人もいれば、
「勇気だけで物事をどうにかしようとするのは愚かな気がする」と思う人もいる。
「この人の考え方は好きだ。こっちは嫌いだ」とか、
「昔こんなこと考えてたな」とか、
「こんなの当たり前じゃね?世間では常識じゃないのか?」とか、
「なるほど、Web上で断言すると叩かれるんだな。やめておこう」とか、
「絵に絵で返すって、いいな」とか、
「巨乳より貧乳だな」とか、
「黒のワンピにピンクのネクタイはやめよう!」とか、
読んだ人は何かを思って、なんらかの結論を出していっていると思うんです。


その内容や、何についての結論かなんてのは、この際どうでもよくて。
新しい発見があった人もいるし、ただの再確認だった人もいると思うけど、
年代も住んでる場所も違う人たちが、同じ問題を自分なりに考えて、自分なりの結論出して、
ちょっとクサい言い方になってしまうけど、この一連の流れの中で「今までとは少しだけ違う自分」になったと思うんですよ。


てことを想像するとさ、たまらなく楽しい気分になってくるんです。
すげーな、インターネットって。
これだよ、これが楽しいんだよ!って。

とか言うから

「こいつはポジティブ教だ」って言われるんだろうな(笑)
いやー、さぁ。それ言われるたびに「ポジティブ教じゃない状態ってどんな状態?」って思って、
「ネガティブ教、になるのか? いまいちネガティブ教のイメージがわかないんだよなぁ」と思ったり、
あと、
 ・ポジティブ教=ノリとテンションでレッツゴー
 ・アンチポジティブ教=冷静と沈着の間で知略と戦略練りまくり
みたいなムードがあるけど、別に十分熟考して、そのうえでポジティブな人もいるだろうし、
ちゃんと整理して考えれば大したことないのに、感情だけヒステリックになっちゃってネガティブな人もいるし、
そもそも今回で言えば「勇気出す=何も考えてない=蛮勇」というロジックはちょっと強引じゃないかなぁ、
とか思ってたんだけど、
それこそ、ごちゃごちゃめんどくせぇから、オレ、ポジティブ教でいいやーって思った。あはははは。
いや、実際は結構否定的に物事考える方なので、全然ポジティブじゃないんですけどね。単にこだわりが少ないネアカなんだと思う。


トラバ読んで、いろいろ感じてて楽しくなってきたので書いてしまった。
自分が書いたこと、自分以外の方が書いたこと、一連の流れを追いかけて感じたこと、なんでもいいんですが、
読んだ人にとってプラスになる、そのきっかけの一部に自分もかかわれてたら、嬉しいなぁと思います。

以上を踏まえて、はてな

こういう一連の流れを追いかけて、意見の変遷や対立を樹形図のように自動的にまとめあげてくれる、
「自動まとめサイトジェネレーター」を作るべき! 後から読む人のためにも。
するともう「PHPくだらねぇ、やっぱりPerlだろ」っていう、さんざんやってきたお決まりの議論はなくなると思うよ!


ということで、トラバ先を読みに行く作業に戻ります。(すんません、実はまだ全部読み終わってないんすw)